東京23区最大の軍都|北区・十条&王子に残る軍事遺跡8選

現在、高層マンションの建設など再開発が進む東京都北区・十条。
昭和の面影を残す活気ある商店街と穏やかな住宅街が広がるエリアですが、かつて戦前、この北区の敷地の約1割は広大な軍用地によって占められていました。
陸軍の巨大な兵器工場や火薬庫、関連施設がびっしりと集積し、東京23区最大級の軍都だったのです。
現在でも街を歩くと、赤レンガ建築や境界石、旧陸軍の遺構など、戦争の記憶を伝える貴重な史跡が数多く残されています。
今回は、十条から王子周辺にかけて残る「北区の軍事遺跡8選」を紹介します。
① 中学校の塀が軍事遺跡!?「十条富士見中学校」
最初に訪れたのは十条駅から徒歩数分の「十条富士見中学校」。
一見すると普通の学校ですが、校門脇には赤レンガ塀が大切に保存されています。

これは1905(明治38)年、この地へ移転してきた東京砲兵工廠の敷地境界として築かれたもの。東京砲兵工廠はもともと小石川にありましたが、日露戦争の勃発によって深刻な弾薬不足に陥り、大規模な製造ラインの拡張を迫られて十条の地へと進出してきました。
つまり、中学校の塀そのものが軍事遺跡という、全国でも珍しいスポットなのです。
② 自衛隊十条駐屯地に残る赤レンガ
十条富士見中学校から目と鼻の先にあるのが、「陸上自衛隊十条駐屯地」です。
一般に開放されている敷地内の広場には、かつてここに存在した東京第一陸軍造兵廠時代の変圧所に使用されていた赤レンガ壁の一部が、モニュメントとして保存されています。

1940年、東京砲兵工廠は東京第一陸軍造兵廠へ改組され、その敷地は約33万㎡、赤レンガ建築だけでも50棟以上を誇りました。
ちなみに、この赤レンガの一部は小菅集治監(現在の東京拘置所)で受刑者たちによって製造されたものも含まれています。
また、広場の目と鼻の先にある「いなりプレーパーク」には殉職慰霊碑が静かに建っています。ここはかつて火薬の製造ラインがあり、爆発事故などで命を落とした工場労働者や動員学徒たちの霊を慰めるために建立されたものです。
③ 北区中央図書館は弾丸工場だった
続いて訪れたのは、いなりプレーパークに隣接する「北区中央図書館」。

カフェや緑地が整備されたおしゃれな図書館ですが、この赤レンガ棟はもともと弾丸製造工場でした。
建物の外壁には、耐久性に優れたオランダ積みと呼ばれる伝統的なレンガ施工が施されています。さらに館内に入ると、巨大な工場空間に柱を立てずに屋根を支えるため、無骨な鉄骨によるトラス構造の天井骨組みがそのまま剥き出しで活用されています。



かつて弾薬を日夜生産していた工場が、現在では市民が本を読み、知識を育む図書館へと生まれ変わっている。リノベーション建築としても、戦争遺構の活用例としても、ぜひ波及してほしい活用方法です。
④ 「ちんちん山児童遊園」に残る軍用鉄道
図書館の北東にある「ちんちん山児童遊園」。

なんとも可愛らしい一風変わった公園名ですが、その由来はかつてここを走っていた「軍用鉄道」にあります。かつてこの場所では、兵器工場へ資材を運ぶ軍用電車が「チンチン」と鐘を鳴らしながら盛土の上を走っていました。
現在の園内には、盛土の下を貫いていた石積みのトンネルを模したモニュメントが設置されています。壁面には「三つの砲丸」をかたどった旧陸軍造兵廠のシンボルマーク(工廠マーク)や当時の写真が展示されており、かつてここに鉄道が走り、弾薬が運ばれていた光景を立体的に想起させてくれます。






