「中学生が手掘りした巨大防空壕」佐世保の戦争遺跡・無窮洞

今回紹介するのは、長崎県佐世保市にある防空壕「無窮洞」です。
中学生が手彫りした防空壕
佐世保の防空壕といえば商店街として活用されている「とんねる横丁」が有名ですが、そこから南東に15kmほど離れた場所にあるこの無窮洞には、より生々しい戦争の記憶が刻まれていました。
「無窮」とは“無限”という意味。
子どもたちの無限の未来や夢を願って名付けられたものです。

この無窮洞、何がすごいかと言うと——
掘削したのが当時の中学生たちだという点です。
旧宮村国民学校高等部、つまり現在でいう中学生にあたる生徒たちが、この巨大な防空壕をすべて手作業で掘り進めました。
現地のボランティアの方の話によると、当時の掘削に関わった方のうち3名が今もご存命で、年齢は87歳から93歳とのこと(2025年時点)。
遠い昔のようで、実はそこまで遠くないことを実感します。
最大600人を収容する「学校」
中に入ってまず圧倒されるのは、そのスケール。
幅約5m、奥行き約20mもあり、最大で600人の生徒が避難できたと言います。
驚くべきは広さだけではありません。避難中でも授業が継続できるようにと、「教壇」まで設置されているのです。
ここは単なる避難所ではなく、戦火から学びを守ろうとした“学校”そのものでした。



壁面には、実際に掘削に使われたツルハシや、当時の写真が展示されています。
機械を使わずに本当に手作業で掘ったのかと疑問に思いますが、この地域の地質は約9万年前の火山噴火によってできた比較的柔らかい層で、そのため手掘りが可能だったそうです。
とはいえ、それでも「本当によく掘ったな……」というのが正直な感想です。


防空壕の掘削は、このような役割分担で進められていました。
・上級生の男子(中学生):ツルハシで岩を掘り進める
・下級生(小学生):削り取った土や岩を外へ運び出す
・女子生徒:ノミを使って壁面を美しく仕上げる
小中学生たちが一丸となって、これほどの空間を作り上げた。
壁に残る無数のノミの跡は、彼ら彼女らの執念と祈りの結晶のようにも見えます。

御真影棚と戦時教育
内部の意匠も驚くほど凝っています。
明かりを置く棚には丁寧な装飾が施され、さらに教壇の右手にある通路を進むと、そこには「御真影棚」が設けられていました。
天皇・皇后の写真や教育勅語を納める「奉安殿」の役割を、防空壕の中にまで持ち込んでいたのです。極限状態においても当時の教育体制が徹底されていた事実を、この空間は静かに物語っています。

完成を見ずに終戦
無窮洞の掘削が始まったのは1943年8月。
そして作業が止まったのは、1945年8月15日。
そう、この防空壕は完成する前に終戦を迎えました。
「日本が負けるはずがない」と教え込まれ、暗い穴の中で必死にツルハシを振るっていた子供たちは、あの日、どんな思いで外の光を見上げたのでしょうか。
現代の私たちが想像しきれないほどの苦労と、複雑な感情がこの洞窟には詰まっています。

ここは単なる戦争遺跡ではありません。当時の子供たちの体温や、教育の在り方、そして戦争という現実を今に伝える「生きた教科書」です。
佐世保を訪れる機会があれば、ぜひこの静かな空間で、かつての子供たちの声に耳を澄ませてみてください。
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スポット情報・アクセス
・訪問スポット:無窮洞(観光サイト)
・住所:長崎県佐世保市城間町3-2(Googleマップで開く)
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