九州

日本三大美肌の湯「嬉野温泉」の裏の顔|赤線とカフェーの痕跡

佐賀・嬉野温泉の喫茶笹屋
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佐賀県南西部、長崎県との県境近くに位置する「嬉野温泉」
今回は、栃木県の喜連川温泉、島根県の斐乃上温泉と並び、「日本三大美肌の湯」の1つに数えられる九州有数の温泉地を取り上げます。

佐賀・嬉野温泉
嬉野温泉のガイドマップ

嬉野温泉の起源

嬉野温泉の起源は神功皇后の時代にまでさかのぼると言われています。
伝承によれば、第14代天皇・仲哀天皇の妃である神功皇后が戦いの帰りにこの地を訪れた際、温泉に浸かった兵士たちの傷が癒えた様子を見て「あな、うれしの」と言ったことが地名の由来になったそう。
また、713年に編纂された「肥前国風土記」には「東の辺りに湯の泉ありて能く人の病を癒す」という記述があり、これが嬉野温泉を指していると考えられています。

しかし、この高名な温泉街は宿場町、赤線、歓楽街という異なる歴史が何層にも重なって形成されているのです。

歴史ある温泉街を歩く

江戸時代、嬉野温泉は小倉と長崎を結ぶ長崎街道の宿場町として繁栄しました。
現在も温泉街の中心部には、昔ながらの旅館が軒を連ねています。

歩いていてまず目を引くのが「喫茶笹屋」
大正時代に建てられた元旅館を改装したカフェで、外観だけでも十分に魅力的です。本当はここで一息つきたかったのですが、訪問した時間が早すぎてまだ営業前でした。
ホームページの写真を見る限り、この建物だけで記事が1つ書けそうなほど雰囲気があります。

佐賀・嬉野温泉
大正浪漫の香りが残る「喫茶笹屋」

次に外せないのが老舗旅館「大村屋」
もともとは長崎街道の脇本陣を務めた格式ある老舗旅館で、伊能忠敬が日本地図作成のために旅をしていた際に宿泊したとも伝えられています。歴史好きなら思わず足を止めてしまう場所でしょう。

佐賀・嬉野温泉
木彫りの巨大看板が目印

そして温泉街の中心部にあるのがランドマークとも言える「シーボルトの湯」

佐賀・嬉野温泉
地域の憩いの場となっている「シーボルトの湯」

シーボルトと言えば、出島のオランダ商館付き医師として来日し、日本に西洋医学を伝えた人物。そのシーボルトも1826年に江戸参府の際に嬉野温泉を訪れた記録が残っています。
現在の建物は老朽化による解体後、2010年に大正時代のゴシック調建築を再現して建て直されたもの。館内には入浴施設だけでなく、シーボルトや嬉野温泉の歴史を紹介する展示スペースも設けられています。
そして実際に温泉へ入ってみたのですが、驚くほど肌がすべすべに。
「美肌の湯」と呼ばれる理由を身をもって実感できる温泉でした。

温泉街のもうひとつの顔

ここからは、嬉野温泉のもうひとつの顔を見ていきます。
老舗旅館が並ぶ温泉街の中心部から、わずか300〜400メートルほど軸をずらすと、そこには別の景色が広がっています。現在も営業を続ける大人向けの歓楽施設が点在しているのです。

嬉野温泉がいつ頃から歓楽街としての顔を持つようになったのかは定かではありません。江戸時代から飯盛旅籠があった可能性もありますが、少なくとも昭和30年発行の「全国女性街ガイド」には、当時の嬉野温泉の状況が以下のように記録されています。

・赤線:8軒
・娼妓:31名
・芸者:42名

昭和33年の売春防止法施行にともない、これらの業態は転業・廃業を余儀なくされました。
一部は「トルコ風呂」、そして現在の「ソープランド」へと法的な枠組みを変えながら、温泉街の裏の経済を支えるインフラとしてサバイブしてきました。
そのため、この界隈では昔ながらの建物と現役店舗が混在する独特な風景を見ることができます。

中でも印象に残ったのが「ワンピース」という店の看板。
よく見ると長音記号(伸ばし棒)がキノコのフォルムを模していて、細かいところまで遊び心がありました。また向かいには「風俗王」なるお店も。
ライバル店なのか、系列店なのか、果たして……。

佐賀・嬉野温泉
「ワンピース」と「風俗王」が向かい合っている

また通りから一本入った路地には、かつて「灯台」という屋号で営業していたと思われる古い木造建築が佇んでいます。ファサード(前面)だけをタイルや独特の曲線で洋風に装飾した、典型的なカフェー建築の意匠を残しており、ここが紛れもない赤線地帯だった歴史を無言で証明しています。

なぜ嬉野に秘宝館があったのか

かつて嬉野温泉には、最盛期の1980年代に年間12万人の来場者数を誇った「嬉野秘宝館」が存在していました(2014年閉館)。
「なぜ佐賀の温泉地に巨大な秘宝館があったのか」という疑問は、この街の「裏の地層」を歩くことで氷解します。

嬉野は単なる清純な「美肌の湯」ではなく、団体旅行客や男たちの欲望を受け止める「一大温泉歓楽街」として発展してきた歴史もあった、というわけです。
秘宝館自体は温泉街から少し離れた場所にありましたが、その背景を知ると存在理由が見えてきます。

まとめ|二つの地層が織りなす、温泉都市の立体感

多くの観光客にとって、嬉野温泉は「美肌の湯」であり「高級旅館」の街でしょう。
しかし実際に歩いてみると、宿場町としての歴史、西洋医学との接点、そして歓楽街としての歴史など、さまざまな文化が重なり合って現在の温泉街が形作られていることがわかります。
清濁あわせ呑むことで成立している、嬉野温泉の本当のスケール感。湯上がりの火照った体でこの歓楽街の通りを歩くとき、この街の持つ本当の奥深さを実感することができます。

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スポット情報・アクセス

・訪問スポット:嬉野温泉(外部リンク:観光協会サイト
・住所:佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙834(Googleマップで開く
※笹屋の住所
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