石田三成を愛した男が作った“幻のテーマパーク”「佐和山遊園」

滋賀県彦根市。
今、目の前にあるのは、戦国武将・石田三成の居城として知られる「佐和山城跡」の案内板です。

1600年、関ヶ原の戦いで三成を破った徳川家康は、この佐和山城を猛攻。落城後、この地に入った井伊直政・直継親子は約1.6km離れた場所に現在の「彦根城」を築きました。そのため、佐和山城は現存していません。
……しかし、この地には少し奇妙な“もうひとつの佐和山城”が存在しています。
それが、こちら。

木々に侵食されるように埋もれた、謎の城郭建築。 廃墟好きなら思わずテンションが上がってしまう、まるで山に飲み込まれかけているような光景です。
未完成のまま朽ちていった、総手作りのテーマパーク
ここは「佐和山遊園」と呼ばれる場所。
地元の実業家であり、建築業を営んでいた泉巌氏が、「石田三成のテーマパーク」をこの地に構想し、1976年に着工した施設です。
泉氏はその後も執念で増築を続け、一時期は一部を無料公開していたようですが、ついに正式なグランドオープンを迎えることはありませんでした。少なくとも2003年時点では、現在と同じ廃園状態だったようです。
敷地内を進むと、草むらの中に佇む金剛力士像が姿を現します。この奥にはかつて城門(正門)があったのですが、現在は草木に完全に覆い尽くされており、道すら判別できない状態です。


佐和山遊園の敷地は広大で、佐和山城の天守だけでなく、石田三成ゆかりの寺である瑞岳寺や五重塔、美術館なども計画・建設されていました。
この石碑の奥にはかつて山門があり、そこから瑞岳寺へと通じていたとのことですが、ここも現在は草に埋もれて進むことができません。



ちなみにこの瑞岳寺、かつては金閣寺のように金色に輝いていたそうです。もちろん純金ではなくメッキですが、「石田三成の世界を再現したい」という泉氏の強烈な熱量がストレートに伝わってくるエピソードです。
国道沿いに取り残された櫓門
国道沿いを歩いていると、立派な櫓門が姿を現します。おそらく、ここをテーマパークの正面入口として想定していたのでしょう。突き出した小部屋のようなスペースもあり、確かにチケット売り場を彷彿とさせる造りです。

門に入ると、今度は巨大な金屏風が目に飛び込んできます。佐和山城の天守閣内部をイメージした空間でしょうか。天井を見上げると、牡丹などの細かな装飾が描かれており、さらには佐和山城のミニチュア模型も展示されていました。



手作り感が強すぎる「佐和山美術館」
櫓門の右手には、重厚な佇まいの美術館があります。
青銅を模した金剛力士像が睨みを利かせているのですが……正直、かなり“味”のある独特なフォルムをしています。

実は、これらの像や建築物の多くは、泉巌氏本人が自ら手作りしたものだと言われています。泉氏はプロの仏師ではなく、建築のプロ。自分の技術と情熱だけを武器に仏像まで作り上げたと思うと、このチープさが愛おしく思えてきます。
館内にも仁王像が展示されていましたが、ガラスの反射でうまく撮影できず。また、テーブルには当時の新聞も残されており、「これで閉館時期が特定できるかも」と試みましたが、残念ながら文字が潰れて判読できませんでした。


ちなみに、美術館は第1から第3まで存在していたようで、敷地をぐるっと回った先にも別の建物がありました。中を覗くと、西洋彫刻と日本の仏像が同じ空間に並んでいます。
コンセプトは正直、わかりません。でも、その“統一感のなさ”こそが、逆に強烈な“カオスな個人テーマパーク”の空気を醸し出しています。

まとめ:「石田三成を愛しすぎた男」の夢の跡
佐和山遊園は、
- 石田三成をテーマにした謎のテーマパーク
- 未完成のまま朽ちていった巨大施設
- 個人の情熱だけで増築されたカオス空間
- 廃墟化した現在は、木々に侵食される異景スポット
という、かなり唯一無二の場所でした。
国道沿いに放置された巨大オブジェ群。
しかし、それを単なる“B級スポット”として片付けてしまうには、あまりにも強烈な執念が宿っています。
石田三成を敬愛する男が、本気で夢見たテーマパークの跡地
そう捉え直したとき、この荒廃した空間が、切なくも妙に魅力的に見えてくるから不思議です。

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スポット情報・アクセス
・訪問スポット:佐和山遊園
・住所:滋賀県彦根市古沢町1156(Googleマップで開く)
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