歴史的町並み

滋賀・彦根駅の隣|中山道「鳥居本宿」に残る江戸の町並み

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滋賀県彦根市。
彦根城やひこにゃんで知られるこの街には、ほかにも歴史好きにとって見逃せない場所があります。
それが、中山道63番目の宿場町として栄えた「鳥居本宿」です。
現在も数百メートルにわたって歴史的な町並みが残されており、江戸時代から続く建物や、東西の交通拠点ならではの歴史を随所に感じることができます。
今回は、彦根駅の隣にある鳥居本駅から歩いて、往時の面影を色濃く残す鳥居本宿を散策してみました。

彦根・中山道「鳥居本宿」
歌川広重が描いた鳥居本宿(出典:Wikimedia Commons / Public Domain)

レトロな駅舎が印象的な鳥居本駅

散策の起点は近江鉄道の鳥居本駅。
昭和6年(1931年)に開設された、独特な洋風デザイン(腰折れ屋根のマンサード風)の駅舎です。その建築的価値から2013年に国指定登録有形文化財となりました。
また2007年には、駅長室を会場に184時間連続でコンサートが開催され、ギネス世界記録に認定されたことでも知られています。
小さなローカル駅ながら、なかなか個性的な歴史を持つ駅です。

鳥居本駅
レトロでかわいい鳥居本駅

中山道63番目の宿場町「鳥居本宿」

鳥居本駅を背にほんの2〜3分歩くと、今回の目的地である鳥居本宿へ到着します。
鳥居本宿は、中山道69次のうち江戸から数えて63番目にあたる宿場町。宿場の入口付近では、旧脇本陣兼問屋を務めた高橋家住宅が迎えてくれます。江戸時代には多くの旅人や大名行列が往来し、鳥居本宿も大いに賑わったと言います。

旧脇本陣兼問屋を務めた高橋家
豆知識

本陣:大名や幕府役人など身分の高い人物が宿泊する施設のこと
脇本陣:本陣が満室になった際などに利用される補助的な施設

滋賀県は古くから東日本と西日本を結ぶ交通の要衝でした。
天保14年(1843年)の「中山道宿村大概帳」によると、鳥居本宿の規模は以下のように記録されています。
• 家数293軒
• 人口1,884人
• 旅籠35軒
さらに宿場の北側には、中山道から分岐して福井・金沢方面へと至る「北国街道」の追分(分岐点)が存在します。参勤交代の大名行列や旅人だけでなく、北陸地方からの物資や人員も流入する、物流の重要拠点であったことがわかります。

今も残る宿場の建築遺構

街道を北上すると、重厚な町家建築が次々と現れます。

彦根市指定文化財の岩根家住宅

岩根家は、かつて鳥居本宿の特産品だった合羽の製造を営んでいました。ナイロンやポリエステルで作られる現在のレインコートと違い、江戸時代の合羽の材料はなんと和紙。そこへ柿渋や桐油を幾重にも塗布することで防水性や耐久性を高めていたそうです。
多雨多雪な木曽路や加賀へ向かう旅人にとって、鳥居本での雨具の調達は街道旅の必須プロセスだったのでしょう。

洋館風に生まれ変わった本陣

岩根家の向かいには、鳥居本宿の本陣を務めた寺村家住宅があります。
一見するとモダンな洋館風の建物で、「本陣らしくない」と感じるかもしれません。
実は現在の建物は昭和12年(1937年)に建て替えられたもので、設計を手がけたのは日本の近代建築に大きな足跡を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズ。
宿場町の本陣とヴォーリズ建築という意外な組み合わせも、鳥居本宿ならではの見どころと言えるでしょう。
なお、本陣時代の門は現在も敷地内に移築保存されています。

湖東焼の絵師ゆかりの建物

彦根・中山道「鳥居本宿」
かつて旅籠だった集会所

街道沿いには、かつて旅籠「米屋」だった建物も残されており、現在は地域の集会所として活用されています。
ここに住んでいた岩根治平は、彦根藩の名窯として知られる「湖東焼」の絵師として活躍した人物。大老・井伊直弼 から「自然斎」の号を授かったとも伝えられています。

鳥居本宿を歩いていて印象的なのは、古い建物が現役で使われていることです。
上記に挙げた建物のほかにも、例えば街道沿いにあるデイサービス施設は、築150年ほどの旧旅籠を改修して利用しています。

彦根・中山道「鳥居本宿」
旅籠を改修したデイサービス「鈴の音」


中山道の宿場町といえば長野県の「奈良井宿」や「妻籠宿」が有名ですが、それらは観光地として非常に整備されています。
一方の鳥居本宿は、現在も人々の日常生活の場として機能しているため、より自然な形で宿場町の空気を感じることができます。
街を歩いていると、
「この建物も江戸時代から続いているのではないか」
そう思わせる家屋が次々と現れ、歴史好きにはたまりません。

最大の見どころ「赤玉神教丸 有川家」

鳥居本宿を代表する建物が、「赤玉神教丸」で知られる有川家住宅です。

彦根・中山道「鳥居本宿」
鳥居本宿の中でも一際存在感がある建物

赤玉神教丸は万治元年(1658年)、有川市郎兵衛が多賀大社の神託を受けて創製したと伝えられる和漢薬です。腹痛や食あたりなどに効く薬として評判となり、中山道を往来する旅人たちが競って買い求めました。

彦根・中山道「鳥居本宿」の赤玉神教丸
奥のついたてに「教丸」「有川製」の文字が見える。
画像出典:「近江名所図会」(1814年)/滋賀県立図書館「近江デジタル歴史街道」 CC BY 4.0

現在の建物は宝暦年間(1751〜1764年)の建築とされ、2012年には国の重要文化財に指定されました。敷地内には、明治11年(1878年)の 明治天皇北陸巡幸の際に休憩所となった建物も残されています。

彦根・中山道「鳥居本宿」
明治天皇の休憩所に選ばれたことからも有川家の格式がうかがえる

なお、有川家の祖先はもともと「鵜川」を名乗っていましたが、有栖川宮家との縁から「有川」姓を許されたと伝えられています。現在でも鳥居本宿には有川姓の表札が多く見られ、そんな視点で街歩きをしてみるのも面白いかもしれません。

まとめ|観光地化されすぎていない宿場町の魅力

滋賀県彦根市の鳥居本宿には、

  • 中山道63番目の宿場町としての歴史
  • 東西&北国街道との分岐点という交通の要衝
  • 合羽製造や赤玉神教丸などの地域産業
  • 江戸時代から続く町家や旅籠建築
  • 現在も生活の場として機能する街並み

といった魅力が詰まっています。
奈良井宿や妻籠宿のような有名宿場町とはまた異なり、観光地化されすぎていないからこそ感じられる“生きた宿場町”の空気があります。
彦根城観光のついでに少し足を延ばすだけで出会える、歴史好きにはたまらない町並みでした。

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スポット情報・アクセス

・訪問スポット:鳥居本宿(外部リンク:観光サイト
・住所:滋賀県彦根市鳥居本町662(Googleマップで開く
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