廃墟

消えた赤線「奈良屋町」と、再び眠りにつく巨星「マリン宮殿」

マリン宮殿水戸店
chinspotwalker

今回は茨城県水戸市を探索しました。
目的は、この街に刻まれた「色街」の痕跡を辿ることです。

偕楽園や弘道館といった表の観光イメージの裏側には、時代の空気を色濃く残す歓楽街の歴史が眠っています。水戸東照宮の門前から始まった旧赤線地帯「奈良屋町」、そして巨大なお城建築がそびえる「天王町」まで、水戸の“裏の歴史”を紹介します。

旧・奈良屋町――水戸に存在した赤線街

まず訪れたのは、水戸駅からほど近い水戸東照宮です。
1621年に初代水戸藩主・徳川頼房によって創建された神社で、徳川家康を祀っています。
高台に建つ境内から街を見下ろすと、かつてこの眼下に色街が広がっていたとは、にわかに信じがたい静けさです。
しかし実際、この周辺には歓楽街の歴史が刻まれていました。

水戸東照宮
水戸東照宮
水戸東照宮
境内からの眺め

現在の宮町周辺は、かつて「奈良屋町」と呼ばれた赤線地帯でした。
水戸東照宮の門前町として江戸時代に自然に遊興地化したのかと思っていたのですが、実は本格的に色街として発展したのは大正時代に入ってから。

1918年(大正7年)の水戸大火後、警察の指導によりそれまで点在していた私娼が更地となったこのエリアに集約されました。
とはいえ、公的に遊郭として認可されたわけではなく、営業形態はあくまで「料理屋」。
これは群馬や埼玉などに存在した“乙種料理店”と同じ構造ですね。

豆知識

当時の料理店の通称は「駱駝屋」。その理由は「ラクダはよく寝るから」。私娼を指す隠語として使われていたそうです。

奈良屋町は空襲被害を受けながらも戦後になり復活。
1955年発行の「全国女性街ガイド」によると、当時は約40軒、136人ほどの女性がいたとされています。

今も残る“カフェー建築”の名残

その後1958年施工の売春防止法によりその灯が絶たれた奈良屋町ですが、街を注意深く歩けば当時の名残がそっと顔を出してきます。
タイル貼りの外壁、意匠を凝らした外観。「これはカフェー建築じゃないか?」といった風情の建物が点在しているのです。または転業して飲み屋になったんじゃないかと思われる建物もちらほら。

水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
蔦の絡まり具合がすごい
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
これは駱駝屋だったのでは?
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
「まりも」という飲み屋に転業した?
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
別角度より
木板に覆われた古家屋
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
ひび割れたモルタル壁

特に印象的だったのが、入口が2つある建物。
これは客同士が鉢合わせしないようにするための工夫で、赤線建築によく見られる特徴です。
しかも「部屋の中にまで蔦が伸びてそう」というレベルの退廃感。

水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
奥にもう1つ扉がある
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
タイル張りの上からモルタルで舗装
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
長年放置されたもう1つの扉
水戸の赤線・奈良屋町に残る建物。
部屋の仲間で蔦が侵食

さらに別の建物には渦巻き模様の装飾が施されていて、かなり状態が良好でした。
しかも、読めないながらも屋号らしきものまで残っています。

意匠を凝らした外観
冨久富(ふくとみ)という屋号だったのでしょうか

周辺には「奈良屋町」の名前を刻んだ石碑も残されています。
さらに、電柱の表記にも旧町名の痕跡が残っており、完全に赤線の歴史が消し去られたわけではないことがわかります。

こういう“微かな痕跡探し”が、街歩きの醍醐味ですね。

水戸の赤線・奈良屋町の石標
水戸の赤線・奈良屋町の電柱

廃墟マニア垂涎の「マリン宮殿」

旧奈良屋町から約1.5km。次に向かったのは、天王町です。
天王町に隣接する大工町はかつて花街で、木村聡著「赤線跡を歩く」によると、昭和40年代、この地域は特殊浴場の禁止除外区域に指定され、多くの待合がトルコ風呂へ転業したそうです。
おそらくその流れを引き継いだのでしょう、天王町は現在、水戸有数の風俗街となっています。

そして今回、どうしても見たかった建物があります。

それがこちら。

閉店したマリン宮殿水戸店
マリン宮殿 水戸店

まるでお城のような巨大建築、「マリン宮殿 水戸店」です。

2026年1月に突然閉店した、マリングループの旗艦店。
もともとは「クイーン・シャトー」(通称トランプ城)というトルコ風呂の廃墟でした。
30年以上放置され、“廃墟マニアの聖地”として有名だった場所を、マリングループが2022年に総工費10億円を投じて再生。2025年に「マリン宮殿 水戸店」と名称変更してリニューアルしたばかりだったんです。

マリン宮殿水戸店になる前のクイーン・シャトー
2020年の様子。Googleストリートビューより

にもかかわらず、まさかの閉店。
せっかく蘇った巨大な「トランプ城」が、再び深い眠り(廃墟)へと戻っていく……。
なんとも言えない無常感があります。

夜、再び建物の前を訪れると、昼間以上の廃墟感が漂っていました。
煌びやかな装飾があるからこそ、灯が消えた瞬間の“終末感”は凄まじいものがあります。

閉店したマリン宮殿水戸店
漆黒の闇に浮かぶマリン宮殿 水戸店

これもまた、街の歴史の一部と言えるでしょう。
歓楽街の建築は、営業を終えた瞬間に「歴史の遺物」へと変貌する。
その無常な光景が、そこにありました。

まとめ:水戸に残る“裏の歴史”

水戸と言うと、偕楽園や弘道館などの観光イメージが強いですが、その裏側には、歓楽街として発展した歴史が確かに存在しています。

  • 旧奈良屋町に残るカフェー建築
  • 天王町へ連綿と続く歓楽街の系譜
  • そして再び静かに朽ち始めた巨大風俗建築

表の観光地だけでは見えてこない、街の「体温」を感じられるディープな散策となりました。歴史の澱(おり)に触れたい人には、かなり刺さるエリアだと思います。

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スポット情報・アクセス

・訪問スポット:旧奈良屋町(水戸東照宮)(公式サイト
・住所:茨城県水戸市宮町2-5-13(Googleマップで開く

・訪問スポット:旧マリン宮殿 水戸店
・住所:茨城県水戸市天王町6-20(Googleマップで開く

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